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ノートルダム聖堂 Notre-Dame Basilllica

ノートルダム大聖堂
ノートルダム聖堂
聖堂内部の教会は世界でも最も印象的なものの一つである。内観は壮大且つ色とりどりであり、天井部は濃い青色と金色の星で装飾され、その他の神聖な場所は青、空色、赤、紫、銀、金色といった多色の彩飾で施されている。更に、何百という入り組んだ木製の彫刻作品や複数の宗教的な彫像で埋め尽くされている。教会には稀であるが、内陣の壁に沿って作られているステンドグラスの窓は聖書からではなく、モントリオールの宗教的歴史からの場面を描写したものである。また、内部にはカナダにあるカサバン・フレール社のカナダ製パイプ・オルガンも有している。

1657年、ローマ・カトリック教会の聖スルピス会が、現在のモントリオールであるヴィル・マリーに到着した。この年は彼らに荘園の権限が与えられてから6年後のことであった。彼らはその後1840年までこの土地を支配した。彼らが設立した教区はイエスの母マリアの名の元に奉納され、1672年に教区のノートルダム聖堂が同区域に建設された。
ノートルダム聖堂のパイプオルガン
ノートルダム聖堂のパイプオルガン

既に1824年には、信徒集団が教会に合わなくなるほど完全に大きく成長しており、それに伴ってアイルランド系アメリカ人のプロテスタントでニューヨーク出身のジェームズ・オドネルが新しい建造物の設計を委任された。当時オドネルはゴシック・リヴァイヴァル建築の提案者の一人であり、新建造物建築に向けてそのような建築様式の教会を設計した。彼は後に聖堂の地下聖堂に葬られた唯一の人物である。

聖堂の内陣の建築が終了したのは1830年であり、最初の塔が完成したのは1843年である。竣工にあたり、聖堂は北米で最大のものとなった。

ノートルダム大聖堂
ノートルダム聖堂 外観

内部は完成まで更に時間を要し、モントリオールにある世界の女王マリア大聖堂の建築にも携わっていた、ビクター・ボウジョーが1872年から1879年まで内装を手がけた。石工のジョン・レッドパスがこの内部バシリカ建設の主な関係者であった。

また、その教会の豪華さと壮大な規模の為、より親しみやすい礼拝堂である、カナダ・サクレ・クール教会堂が聖堂の後ろ側、複数の事務室と聖具保管室に沿って建てられた。この教会堂が竣工したのは1888年のことである。

1978年12月7日、このサクレ・クール教会堂は大規模な放火によって破壊された。その後教会堂はケベックの彫刻家であるシャルル・ドードランにより、1、2階部分にかつて存在していた絵画や写真等の古い内装から、近代的アーチ系構造と装飾壁及び巨大な背後・上部の装飾等のデザインに一新して再建された。
また、この内部のバシリカ部分では聖歌やオルガン演奏といった音楽的な行事を人々に提供している。今やモントリオールに住む多くの人々にとって、毎年12月のクリスマスに恒例行事であるヘンデルのメサイアコンサートに出席することは伝統となっている。

内部バシリカにおいて行われた行事で最も名高い瞬間は、2000年に行われたカナダ第15代首相ピエール・トルドーの国葬の際、長男であるジャスティン・トルドーが父親であるピエールに宛てて賞賛の言葉を述べた時であったとされる。また1994年に行われたレネ・アンゲリルとセリーヌ・ディオンとの結婚式も有名である。

http://www.basiliquenddm.org/



モントリオール市庁舎 City Hall

ノートルダム大聖堂
モントリオール市庁舎
ノートルダム通りを挟んで広場の向かいに建つ石造りの建物。1878年建造だが、その後火災で大部分を焼失し修復したもの。内部は大理石の床や壁、金色のシャンデリアなどで豪華に彩られている。見学はガイド付きツアーのみ可能。

1967年にフランスの元陸軍軍人だったシャルル・アンドレ・ジョゼフ・マリー・ド・ゴール大統領がケベックを訪問した際、正面バルコニーから「自由ケベック万歳」と演説したことで知られる。



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